利用者の声・進学先

利用者の声

学生ひとりひとり、ご家庭ひとつひとつに異なる事情がございます。
トトではひとりひとりの事情に応えられるように勉強計画を提案させていただきます。

大学受験

高3夏まで部活に熱中、9月から入塾

「東京理科大学 経営学部 経営学科 進学」

 

塾に通った期間 

高3の9月~2月

 

塾で勉強した科目

英語、数学、古文、

 

使った参考書

英語 … 文法  … Linkage club 「ALL IN ONE EXERCISE」

     語法  … 桐原書店  「頻出1000」

     構文  … Z会出版  「解体英語構文」

     熟語  … Z会出版  「速読英熟語」

     単語  … 代々木ライブラリ 「システム英単語」

     長文読解… Z会出版  「速読英単語必修編」

           Z会出版  「速読英単語上級編」

           代々木ライブラリ 「ポレポレ」

           研究社   「英文読解の透視図」

 

数学 … 数研社 「青チャート」

     河合出版「文系プラチカ」

 

古文 … 星雲社 「古文単語565」

     Z会出版「古文上達」

     明治書院 「古典B」

 

私は高3の8月まで部活に熱中していました。

 

部活の引退後に大手の予備校に入ろうとしたのですが、時期的に間に合わないからと望んでいたコースの入塾を断られ、塾難民となり塾を探していたところ、友人に紹介されてトトに通うことになりました。

 

「経営学部にでもしておこうと思う、やっていることは分からないけど名前がかっこよさそうだし就職で有利そうな気がずる」と私が伝えると、ふじいさんは「ならば理科大とか良いんじゃないの」と提案してしました。

 

そんなわけで理科大が第一志望に決められました。

 

私は都立小山台高校で野球班に所属して部活中心の高校生活を送りました。小山台は野球班が有名で先輩たちは甲子園にも出場していました。中学生だった私は偏差値も高く甲子園にも出場という文武両道の高校生にあこがれて小山台高校を受験しました。

 

高校生になってからは毎朝5時半に起きて朝練に行き、放課後も週6日で部活に励みました。たしかに勉強がおろそかになったことは事実ですが、とくに後悔はありません。

 

高3の時にはレギュラーとして試合に参加し、そして夏の予選では都立高校ながら東京都予選の決勝まで勝ち進みました。あと一勝していれば甲子園に行けたのですが、力及ばず、我々の高校野球は高3の8月に終わりました。全力で走り切った高校生活だったと自負しています。

 

高校の勉強では赤点や単位を落とすことはありませんでしたが、しかし受験勉強を始めることが遅かったのは事実です。最初から私立大学に絞っていました。

 

塾には部活を引退して9月から通い始め、英語、古文、数学、を勉強しました。

 

以下、わたしがどのように塾を利用したか記します。

 

わたしは特に古文が壊滅的でまったく基礎から勉強しなおしました。学校ではなんとなく辞書をひいてテスト前だけ教科書を暗記して赤点を回避していたのですが、模試における初見の文章はまったく読めませんでした。

 

塾での古文の勉強方法は私にとっては革命的でした。もしかしたら一般的な学習法なのかもしれませんが、それまで古文をサボりすぎていた私にとっては衝撃だったのです。

 

英語のSVO分解で英文をすべて単語レベルまでバラバラに分解するように、古文の文章をすべて単語レベルまでバラバラに分解して解釈していくという方法でした。動詞、助動詞、格助詞、副助詞、係助詞、終助詞、副詞、形容詞、などと細かく分解して論理的に解釈していき、なんとなくの雰囲気で誤魔化すのでなくて、根拠をもって逐語的に現代語にしていく練習を繰り返しました。

 

わたしは古文学習における「文脈から判断しろ」だとか「古文の常識ではそういうことになっている」だとか言った体系性のない雑学の寄せ集めのような解説がきらいできらいで仕方なかったため、塾でやったように単語に分解して論理的に解釈していくやりかたは性に合っていました。

 

結局は理科大の受験に古文は使っていませんが入試に国語が必要な大学も受験する予定であったため古文を勉強しました。

 

つぎに数学です。

 

私は偏差値が上がったら慶応の経済学部も受験したいと希望していたので数学はかなり難しいテキスト、文系プラチカに最初から取り組みたいと主張しました。文系プラチカは慶応や早稲田を数学受験する受験生、さらには一橋や東大で文系数学を必要とする受験生の御用達テキストだと聞いていたからです。キミの学力から判断すると文系プラチカは二段飛ばしになっている、と、ふじいさんは主張しましたが、しかし私は、今はもう9月で残り時間がないからと言い張って塾のアドバイスを無視しました。

 

いざ文系プラチカにとりかかってみると、私にはそれまでの受験勉強の蓄積がなかったために「数学の問題が難しすぎて分からないどころか、そもそも解答を読んでもその解答を理解することができない」という状態であることが判明しました。

 

ほとんど毎日つきっきりで数学を二問ずつ解いていく、という変則的な進め方になりました。同時に青チャートで基本的な問題も解き進めました。

 

結局のところ慶応については数学がどうこう以前に英語が難しすぎて撃沈したのですが、自分でも不思議なことに大きな心のしこりもありません。高校生活を野球に捧げてきたという事実に対して自分の中でゆるぎない自信があるからだと分析しています。

 

受験勉強を始めたころは本当のことを言えば経営学にはたいした興味はありませんでした。直前まで没頭していた野球のことで頭が占められており、進路について考えることはできず、なんとなく大学の偏差値表をながめていただけというのが本音でした。

 

しかし受験勉強をしていくなかでいつの間にか本気で経営や経済について興味を持ち始めている自分に気がつきました。各企業の経営だけでなく、金融の仕組みやマクロな実体経済についても興味がわいてきたのです、世の中のおカネの流れについて知りたくなりました。受験の終わった今は高校の頃はまったく足を向けなかった図書館にいりびたり、本を読む日々を過ごしています。まだ始まっていない大学生っぽい雰囲気に酔っているだけなのかもしれませんが、勉強したいという意欲があるのは本当です。

 

受験生にアドバイスを書いておけと命令されたのでアドバイスを書いておきます。

二つあります。「英単語をやっておけ」と「復習を面倒くさがると死ぬ」のふたつです。

 

とくに復習については私は数学の復習を怠ったために「一度時間をかけて勉強した内容なのに、復習をサボったせいで忘れてしまい、もう一度同じだけの時間をかけて一から覚えなおすハメになった」という悪夢のような体験をしました。受験の後半にこれをやると生きる気力がへし折れます。

資格を取るために大学進学

「昭和大学 保健医療学部 理学療法学科 進学」

 

塾に通った期間

中3、その後に間があいて、高3

 

勉強した科目

数学、英語、物理

 

使った参考書

数学… 数研社 「体系数学」シリーズの教科書

    旺文社 「基礎問題精講」シリーズ

 

英語… 文法   …Linkage club 「ALL IN ONE EXERCISE」

       長文読解 …Z会出版   「速読英単語」

    単語   …オー・メソッド出版 「単語王」

    語法・熟語…桐原書店  「NEXSTSAGE」

    構文   …Z会出版   「解体英語構文」

 

物理… 小学館 「宇宙一分かりやすいシリーズ・物理」

    旺文社 「基礎問題精講」

 

わたしが理学療法士の学部をめざした理由は「あまり勉強が得意でない自分も食っていかなくてはいけないのだ」「そのためには資格だ」と決めたからです。

 

わたしは勉強が得意というわけではありませんでした。どちらかといえば中学の時は成績は良くなかった方だと思います。

 

中学の頃に私と同じくらいの成績だった友人たちを見渡すと、大学に行った者と行かずに就職した者の割合は半々くらいです。

 

塾に初めて行ったのは中学三年生の夏休みに入ってからでした。内申点を8ほど上げたいのだと言うわたしに対して、ふじいさんは「夏休みから勉強をしてもたぶん内申は上がらないと思う」と言い出しました。「公立中学の三年の二学期の内申点は一学期の成績を加味してつける場合が多い、だから夏休みから頑張っても上がらないことが多い」。しょっぱなから現実を突きつけて私のやる気を削ぎにかかってきました。

 

中三の夏休みはがんばりました。二学期の中間テストそして期末テストにおいては一学期に比べてそれぞれ点数が100点以上も上がりました。わたしは自分のがんばりに満足しましたが、しかし内申はひとつも上がりませんでした。

 

高校受験では内申が足りないまま第一志望の都立を受験し、やはり内申の不足通りに落ちてしまいました。

 

進学した私立の高校では剣道部に所属しました。良い仲間にも恵まれ楽しく過ごしたと思います。

 

勉強のおいてはクラスの上位をキープするように努力していました。とくに数学と物理でクラスの上位になるよう気を使っていました。

 

高校生が数学で落ちこぼれると勉強のやる気それ自体を失ってしまう、だから数学だけは復習しておけ、と、高校入学前から塾で何度も言われていたからです。これは真実だと思います。私は中学のときより高校時代の方が勉強に対して得意意識を持って過ごすことができました。

 

全国模試の偏差値で見れば確かにわたしは数学が得意というワケではなかったかもしれません。しかし自分の通っている学校の中では上位でした。この事実はわたしを前向きにしました。

 

高校三年生になったときに再び塾に通うようになりました。

塾に通い始めた最初、わたしは将来の進路も考えておらず、「なんとなく大工さんみたいに自分の手でモノを作る人になりたい」のようなことを伝えました。

 

ふじいさんは就活の仕組み、大学の学部の仕組みと学問分野のこと、などを図解で説明しはじめ、「河合の模試で偏差値60に届くようなら「やりたいことを探す」のようなふわっとした理由で大学に行ってもいい」とアドバイスしてきました。「だけど偏差値60に届かないなら大学は就職のために利用すると割り切ったほうがいい」とも。

 

地域の知り合いなどから話を聞いてまわって理学療法士を目指すと決めました。

塾では理学療法士の学部に必要な英語、数学、物理、の三科目を勉強しました。

 

以下、わたしがどのように塾を利用したかについてです。

 

まず始めに一年分の勉強計画をふじいさんと一緒に立てました。

受験の最後までに必要な偏差値はこれこれだ、そこから逆算して日数を数え、何月までにどの科目をどこまで終わらす、もし間に合わなかったらどうリカバリーする、などの計画です。

 

日々の勉強はこの計画に従って淡々と進めていきました。一日に勉強する分量を決めておき、一冊の問題集を何週も何週も反復して暗記するという作戦でした。なにかドラマチックな勉強法などはありませんでした。

 

「新しい暗記」と「復習」とが2対8の割合いになるように一日の勉強時間を配分して、とにかく毎日コツコツやるのだ、というのが塾の主な作戦でした。

 

英語については語法の暗記や熟語の暗記は塾ではせずに自宅で進めました。塾では長文読解をすすめました。

 

学校の英語の授業では教科書のうち、先生が重要とみなした2,3の文章だけをSVO分解していました。しかし塾ではすべての文章を片っ端からSVO分解するように指示されました。Z会の速読英単語に収められている長文はすべての概念をノートに写して分解しました。かなり面倒くさかったのですが力になったと思います。

 

数学についてはわたしは学校の成績が良かったため最初はなめてかかっていました。

しかし教科書レベルから受験の典型問題にジャンプする際に少し時間がかかりました。

数学は独学だと時間がかかるため、その場で解説してもらうために塾を利用できたのはよかったと思います。とくに私はベクトルと数列の概念をよく理解しないままに問題集を解き始めてしまいました。教科書の定義から理解することが大事だとわかりました。

 

マンガやドラマのようなどんでん返しや感動もなく、するべき勉強をコツコツこなして、計画通りに偏差値をおさえて、予定通りに大学に合格しました。

 

理学療法士は医者ではありませんが医療にかかわる責任ある仕事です。これからの高齢社会の日本で大事な仕事だと考えています。大学に進学後も国家資格の勉強をして資格を取り、卒業後も人々の役に立てるように精進を続けいくつもりです。

 

受験生にアドバイスしろと言われたのでアドバイスします。「英単語をコツコツとできる人はすごい」です。私はサボりました。どうぞ英単語はサボらないでください。あとで泣きます。

 

高校受験

私立中高一貫から外部の高校受験

「本郷高校 進学」 

 

通塾の期間

中3の7月~2月まで

 

塾で勉強した科目

五科目

 

使用した参考書

 

英語 … 文法 … 塾のオリジナルの文法の暗記帳

     語法 … Z会出版 「中学英文法fine」 

     単語 … Z会出版 「速読英単語・中学版」

     熟語 … 旺文社  「英熟語必勝トレーニング850」

     長文 … 東京学参 「英語長文難関攻略30選」

          旺文社  「全国高校問題正解」

 

数学 … 数研社 「体系問題集数学」シリーズ

     東京出版「高校への数学・解法へのエッセンス」シリーズ

     文芸春秋「未来を切り開くシリーズ・入試実践編」

 

理科 … 塾のオリジナルの暗記帳

     旺文社 「総合的研究問題集」

 

社会 … 塾のオリジナルの暗記帳

     旺文社 「総合的研究問題集」

 

国語 … 漢字 … 旺文社 「出る順・漢字問題の征服」

     知識 … 東京学参「国語知識問題完全攻略13選」

     読解 … 河合出版「センター試験過去問レビュー」(河合の黒本)

 

僕の高校受験はすこし特殊だった。

 

すでに私立の中高一貫校に在学していたのだが、高校に内進することは選ばずに、外部の高校を受験することにしたのだった。

 

なぜか。

 

それは僕が「都立高校」という言葉に強い負の感情を持っていることに自分で気がついてしまい、これは都立高校を受験しておかないとまずいなぁ、と判断したからだった。

 

僕は中学受験を経験したのだったがいわゆる小学4年生から予備校に通い始めて開成や筑波大付属を目指す、というスタイルではなかった。

 

6年生くらいから塾に行ってみてとりあえず都立小石川中学でも試しに受けてみようか、安いし、受かったらラッキーだよね、という安直な受験だった。たいして勉強もせずにポケモンをやってマイクらをやってともだちとサッカーをしていた。

 

都立小石川中学を受験したときはまったくノリ気ではなかった。むしろイヤだった。母の話だと僕が受験をしたいと駄々をこねたことになっているが、僕の記憶では母が無言のうちにぼくに圧力をかけてきたはずだった、父はなにも覚えていないと言って母の機嫌をうかがうばかり、歴史認識のすりあわせというのは難しいのだなあと実感した。

 

受験には落ちた。

 

とくに受験にノリ気でもなかったし、死ぬほど勉強したわけでもなかったが、受験に落ちたときに初めて僕はショックを受けた。なぜなら小石川のテストは小学生にもそうと分かるほどに露骨に知能テストじみていたからだった。番号がなかった時に頭が白くなった。自分の存在を世界から否定されたような気がしてゲロを吐いた。

 

世の中には小4から塾に通いこんで必死に勉強していた子供たちもいる中で、真面目に勉強もしていなかったくせに自分の番号がなかったくらいでショックを受けるのも幼稚でおこがましい話だが、しかし現実として僕はゲロったのだった。

 

地元の中学に通学するのが恥ずかしいような気がして私立の中高一貫校に進学した。

 

進学した私立の中高一貫校に不満はなかった。友達も楽しい人々だったし先生も熱心だった。施設もきれいだったし、行事も充実していた。だけど僕は勝手に「ここじゃない」と思っていた。ごめんなさい。

 

僕は中学で成績が良かった。それも不満だった。自分なんかじゃ努力してもトップになれないような凄い奴らがいっぱいいる集団に属してみたかった。何様のつもりなんだろうか。

 

うつうつと中学生活を過ごしていたそんな中三の夏休み直前ころ、七月の初期くらいだったと思う、クラスの女子の一人が外部の高校を受験するらしい、という噂を聞いた。

 

外部受験! その可能性を知ってしまったときから僕は外部受験を考えるようになった。

 

そうだ、都立へ行こう。しばらくしてからそう決めた。「都立」という単語を耳にした瞬間に自分の中で湧き上がるこの負の感情を、自分は埋葬してやらなければこれから先にすすめないと思ったのだった。

 

僕はねらいを自校作成校の都立新宿高校にさだめ、塾の扉を叩いたのだった。

 

塾屋のふじいさんは「自校作成か。7月の終わりから始めるんだ。そうなんだ」とかそんなことを言った。

 

7月だと遅いというのか。最初から「手遅れです」と宣言するのはやぶ医者の常套手段だと聞いたことがあったので(治療に失敗しても許されるし、治療が成功しても感謝されるから)、僕はこのおっさんはダメな塾屋だろうと思った。

 

しかし悔しいことに塾に来てから英語の偏差値がべらぼうに伸びた。

 

高校から習うというSVO分解なる読解の技術を教わった。いままで英語の勉強とは学校で配られる文法問題の暗記のことだと思っていたので、業者の全国模試みたいなやつでは英語の長文がまったく読めなかった。

 

しかしSVOを徹底的に繰り返してからは長文が読めるようになった。関係代名詞というものが非常に合理的なモノだとしって感動した。「英文の語順のままに前から訳していく」という技術はちょっと反則であるように思えた。

 

なんでこんな便利なものを学校では教えてくれないのだろうか、と聞くと、学習指導要領の範囲外だから、とふじいさんは答えた。こんな便利なものがなんで学習指導要領から外れてるのか、と聞くと、半分以上の中学生は理解できないからだ、という答えだった。

 

英語は伸びたが数学が伸び悩んだ。

 

最初に受けた模試の合格判定はE判定だった。

 

とにかく数学の基礎問題から反復した。

「一日に新しく解く問題は3問でいい。そのかわり同じ問題を三日連続で解きなおせ」という面倒くさい指示が下された。

 

「グラフと図は必ずノートに描け」と三万回くらい言われた。

「証明問題は教科書レベルしか出ない。難問はあり得ないから知ってる議論に帰着させろ」と言われた。

 

僕は「まちがえた問題ノート」をつくり、まちがえた問題をひたすら復習した。

これは良い作戦だったと自分でも思う。みんな真似していいよ。

 

つぎに模試を受けたときはA判定に上がった。

三回目、最後の模試ではS判定だった。

 

ふじいさんは「Sとか初めて見た。絶対に受かるじゃん」と言った。どこか不吉な響きだった。

 

都立新宿高校には落ちた。

 

なぜだか三角形の証明問題ができずに点を落とした。教科書にのってるような簡単な問題だった。

 

新宿高校より偏差値が高いのに本郷高校には受かった。

受験の「一発勝負」というシステムにはどこか不備があると思う。

 

都立高校には落ちた。しかし「都立」と聞いても心がザワザワすることはなくなったし、ゲロを吐いた日のことも笑えるようになった。

 

受験生にアドバイスをしろと言われたのでアドバイスをする。

「英単語はサボりたくなるけどサボると死ぬ」。

中学受験

中学受験でのトトのご利用は、「大手塾のフォロー」、「転塾のご相談と転塾後のフォロー」、「トトのみでの中学受験」など、様々なケースがあります。
以下はいくつかのご利用例における、受験を終えた学生たちへのトトからの10の質問と、その回答を載せております。

SAPIXのフォローで4年生の前期からトトに通塾し、早稲田中学校に合格

A
A

こちらの学生は、4年生の前期から、SAPIXのフォローと学習習慣を維持する目的でトトの少人数コースに通い始めました。6年後期からは、算数や理科の苦手科目の個別指導に切り替えて、早稲田中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
具体的に考えたのは、6年生になってからです。持ち偏差値から考えて、早稲田が志望校に入るようになりました。
文化祭を見学し、楽しそうだと思ったのと、学食が広くて、メニューもたくさんあり、良いなと思いました。
また、中学受験で受験は終わりにしたいと思ったので、付属を中心に考えました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
・早稲田:

最後まで不安でした。サピックスの後期の模試で安全圏に入ったのは、1度だけで、あとは合格率40~60%でした。同じ早稲田でも、早稲田実業の方が、過去問が解きやすく、どちらを受験するか最後まで迷いました。しかし、早実は通学時間が1時間越えということもあり、最終的に1月に早稲田中学校に決めて、勝負しました。

・栄東、立教新座:
サピックスの後期の模試では常に安全圏(80%以上)だったので、両方とも大丈夫だと思っていました。栄東は東大特待も受けて、感触的には受かると思っていたのですが、結果は落ちました。

・渋幕:
クイズ部に憧れて受けた渋幕は、無理だと分かっていましたが受けました。思ったより算数ができたので期待したのですが、やはりダメでした。一度も過去問で合格圏内に入ったことはなく、模試でも最高で合格率30%でした。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
スイッチが入ったのは夏休み以降です。これは自分の問題というより、周りがみんな受験なので、勉強するのが当たり前の雰囲気になったのが大きかったと思います。
ただ、自分の本当の限界までできたかはあやしいです。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
6年の夏期講習で配られた社会のデータバンクです。国内の牛肉、米、野菜などの都道府県別の生産ランキング、貿易の輸出入などの統計データが、実際に本番の試験で出題されました。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
夏休み後もゲームをしてしまったことです。勉強時間をもっと大切にするべきでした。

 

Q6. トトでの中学受験フォロー授業の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
受講を決めたのは4年生の初めごろです。学童に行かなくなり、家で1人でいても勉強しないので、母親にトトに入るように言われました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
4年生から土日の自習室を利用していましたが、自習の時間は、家と違ってサボることができないので勉強がはかどりました。また、授業や自習時間では分からないところを聞くと、先生が分かるまで教えてくれました。
分からない単元はサピックスの解説とは別に、トトで先生が作った教材をくれるので、それを解くと理解できるようになりました。

 

Q8.算数と理科はときに偏差値が5以上上下することがあり、単元ごとの理解度、定着度にバラツキがありました。算数と理科、それぞれで「これは苦戦した」という単元は何でしょうか。また、その単元の自分の実力アップに役立った取り組みがあれば教えてください。

A8.
算数で苦手だったのは、「場合の数」、「規則性」、「立体図形」です。

理科で苦手だったのは、「人体」、「天体」、「物理系全般」です。
対策は、トトで先生が配ってくれた教材を解きまくること。とにかく何度も復習するのみです。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
1月はとにかく
入試の過去問を解いて復習しました。早稲田中学校は少なくとも8年分の過去問をこなしました。また、最後は細かい暗記が抜け落ちないように、風呂に世界地図を貼って、国名を復習しました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
1週間の予定はきちんと立てて勉強を進めましょう。学習スケジュールに関する先生のアドバイスは絶対に聞いたほうがいいです。
本番の試験に向けては、苦手な単元は何回も復習して、苦手意識を克服してから試験に挑んでください。

また、最後に苦手な単元の演習に時間を使えるように、普段から暗記物は何度もくり返し復習しておきましょう。
何度もくり返した方がよい具体的な教材をあげると、国語の「漢字の要」、「言葉ナビ」、理科の「ポイントチェック」、「コアプラス」、社会の「コアプラス」、「データバンク」、「歴史の年号のプリント」(トトでも年号暗記教材をもらえます)です。

僕の場合は、普段のサピックスでの理科社会の成績は算数や国語よりも安定していて、偏差値55を切ることはほとんどなく、6年の夏休み後のテストでもそこそこ良い成績が取れました。しかし、その後後期に範囲無しのテストや模試が始まると、暗記物の基礎知識をびっくりするぐらい忘れていってしまうのでぼうぜんとしました。

それから「暗記物は1カ月で忘れる」を前提にして、最後の半年は1.5カ月に1度ぐらいのペースで暗記物を自主的にやり直していきました。
何度もくり返すことで定着していき、点数が取れるようになったと思っています。

受験では全ての範囲を本番まで覚え続ける必要があるので、範囲ありの小テストなどで点数が取れていても、油断せずに復習を続けてください。

A
A

回答ありがとう!

 

6年後期からは「苦手単元の個別指導」に切り替えたわけだけど、そうして苦手分野の演習に時間を割くことができたのも、「暗記物を自主的にやり込んでいた」からだね。この基礎知識の土台はとても大切。

 

SAPIXで理科社会の偏差値が基本的に50前半で、安定して55を越えない場合、普段の単元のデイリーチェックやコアプラス小テストでも8割を越えていないことが多いはず。
その場合、日常の授業でのテーマの読み込み、ポイントチェック、デイリーステップ、コアプラスのやり込みが重要な課題だよ。

 

下手に理解できないままに「確認問題」を先にやろう、後半までやろうとすると、なかなか進まないうえに、基礎知識の定着も疎かになる。
先に取り組みやすい基礎知識をつける方を優先して、「小テストで常に8割を越える知識をつけること」を目標にした方が、結果的に成績が安定する。
参考にしてね。

新5年生の春期講習から中学受験を本格的にスタート。SAPIXのフォローで5年生の前期からトトに通塾し、海城中学校に合格

A
A

こちらの学生は、5年生の春からSAPIXに通い始めたので、最近の傾向より受験の始動は遅めです。5年生の夏休み前から、主に算数のフォローとSAPIXでの学習スケジュールの構築が目的で、トトの少人数コースに通い始めて、海城中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
本当に最後の決断をしたのは6年生の11月ごろです。
5年生の後半から成績が上がり、6年生の初めの方は早慶の附属校や海城、麻布が選択肢にありました。
そこから附属ではない男子校の進学校にしぼり、夏休み前にSS特訓の志望校を決めるときには、思い切って麻布を選択しました。
最終的には6年後期のサピックスオープンや学校別オープンの結果で、麻布より海城の方が合格可能性が高いと思い、海城に決めました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
・海城:

後期のサピックスオープンでは、合格率は30~60%でした。30%を取っているので不安はありましたが、トトでは先生から、後期の模試で合格率50%を取っていれば勝負になるから自信を持って大丈夫だと言われていたので、最後はなんとかなるかもと思って受験することができました。

・栄東:
サピックスの後期の模試では常に安全圏だったので、自信を持って受験することができました。冬期講習から1月にかけては、トトの自習室で先生が栄東対策でやることを全て指定してくれたので、やるべきことに集中できました。

・都市大付属:
栄東と同じく模試では常に安全圏だったので、自信を持って受験することができました。見学に行って学校が気に入っていたので、栄東より都市大付属の方が志望順位が高く、受験することにしました。

・本郷:
2月2日の本郷は偏差値も高くなり、難しい勝負になるとサピックスでの面談でも言われていたので、ここは不安でした。
終わったときの感触はそこまで悪くなかったのですが、結果的には海城に合格しながら2日の本郷は不合格だったので、やはり偏差値どおり難しいのだと思います。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
直前の1月ごろからです。逆に言えば、それまでは今振り返ってみるとかなりのんびりやっていたように思います。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
算数で解くべき問題をしぼって取り組んだことです。
僕は5年生になってからサピックスに通い始めたので、算数は習っていないことも多く、授業スピードが速く感じて、トトにくるまで算数にはかなり苦戦していました。
トトでは理解できていない単元は先生から別プリントをもらって先にそれを理解できるまで取り組みました。
サピックスのテキストでやる問題はしぼってよいと言われ、指定してもらえたので、苦手な単元の取組みや次までの復習が楽になり、間違えた問題をくり返し解くこともできるようになりました。
やみくもにやるのではなく、理解度にあわせて解く問題をしぼってくり返すことで、テストの点数が上がっていったと思います。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
6年生になってから授業時間や宿題でやることが増えると、初めに決めた1週間のスケジュールがあまり守れていませんでした。
特に帰宅後のテスト直しや、朝に予定していた暗記物の取り組みを後回しにして、結局やらなかったり、他の取組みにしわよせがいくことがあったので、先生と相談して時間を少し短く調整してスケジュールを作り直しました。
夏休み後はまたSS向けに時間を増やしたスケジュールを作り直し、特に1月は時間を取れるだけ取ってやるべきことはやれたと思いますが、今思えば、もっと早くからスケジュール通りにやれた思います。

 

Q6. トトでの中学受験フォロー授業の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
5年生の夏休み前ごろです。
理科社会に比べて算数ができなかったことと、次の授業までにサピックスのテキストが終わらなかったので、トトに相談に来ました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
サピックスのテキストより基礎的な問題とその解説プリントをもらえたことと、サピックスの算数や理科のテキストでやる問題を指定してもらえたことです。
僕は5年生の最初のほうですでに復習が消化できずにつらかったのですが、トトでスケジュールを作り、取り組む問題を指定してもらってから1週間の復習が楽になりました。

その後6年生になり、成績が上がってクラスが上がると、サピックスでは宿題で指定される問題が増えます。でもトトでは先生から、「ただ単にやる問題だけ増やしても、間違えた問題の復習時間が取れないならば意味がない。」と何度も言われていたので、自分のやれるレベル、やれる時間に合わせた問題にしぼって復習していました。

6年生の初めの方は「こんなに削って大丈夫かな」と思うこともあったのですが、そうしたときのマンスリーでも偏差値は下がらなかったので驚きました。
実際に自分の勉強時間ではそれでギリギリだったので、
基礎力をつけるうえで良かったと思います。

 

Q8.算数は最終的に安定して偏差値55以上を取れるようになりました。自分の算数の実力が変わったと思えるポイントがあれば、何を実践して、何ができるようになったところで変わったと実感できたか、教えてください。

A8.
速さの線分図や、割合、規則性での表を使った書き出し、図形への印つけなどが一通り自力でできるようになったところで、基礎的な問題を落とさなくなったと思います。
初めは書く作業に時間がかかったのですが、慣れてくるとテストでも自然と図や表を使いながら解くことができるようになりました。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
国・理・社の知識系の再暗記をくり返したことと、海城の過去問演習です。
SSは途中で麻布コースから海城コースに変えたこともあり、1月に取り組む演習用の素材が少ないので、過去問をたくさんやるように言われました。
最新のもの以外にトトにあった海城の過去問を借りて、社会以外は2冊分の過去問演習をやりました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
僕のように5年生になってから塾に通う人もいるかもしれませんが、心配しないでください。受ける学校にもよると思いますが、十分間に合います。
ただ、国・理・社は授業を聞いて理解はできても、算数は初めのほうはついていくのが難しいと思います。

そのときも焦らず、まずはやる範囲をしぼって基礎力を上げていきましょう。

トトでは体験中に1週間の学習スケジュールを作るのですが、これはお勧めです。
予定を立てずになんとなく進めていると、思ったより進まなかったり、簡単なものを後回しにしてしまったりして、「次までに最低限やっていなければいけない」取り組みが抜けやすくなります。
曜日ごとに自分が取り組める学習時間を書き出して、間違えた問題を何度も復習できるような計画を立てることが大切です。

A
A

回答ありがとう!

 

5年生からのSAPIXへの通塾で、初めはスケジュール消化や算数についていくのに苦労していたね。
ただ、国語・理科・社会は全く問題なくついていけていて、1週間のスケジュールを設定した後は、この3科目の偏差値は毎回55を越えていたので、本人の理解力は間違いなく高かった。

 

問題点は取り組み方にあり、質問の回答にも書いてあったけれど、スケジュールが回っていないのに、「テキストを最後までやることがだけが目的になり、ただ問題を解けるだけ解く」というのは、良い結果にはつながりにくいと思う。

 

問題をただたくさん解いて、「解けた問題と間違えた問題がわかっただけ」で終了なら、実は自分の実力は解く前と何も変わっていない。解いただけの時間では、自分には特にプラスの価値がない。

 

そのときの自分のレベルに必要な取り組みに集中して、間違えたものは自力で解けるまで反復練習をすることが大切だよ。
そしてスケジュールは「理想時間」ではなく、あくまでも「自分に可能な学習時間」で立てること。
参考にしてね。

SAPIXのフォローで5年生の後期からトトに通塾し、共立女子中学校に合格

A
A

こちらの学生は、5年生の9月から、SAPIXでついていけなくなっていた算数や理科のフォロー目的でトトの少人数コースに通い始めました。6年生からはSAPIXのカリキュラムとは別メニューを組み、共立女子中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
志望校を最終的に決めたのは、6年生の夏くらいです。

東洋英和は、姉が行っていて、学校生活が楽しそうだったから受験を決めました。
共立は、通っている先輩方の雰囲気から、自分に合っていて友達もたくさんできそうだと感じたので受験を決めました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
・東洋英和:

模試の判定では合格率は毎回30%以下でしたが、少しの自信と、無理かなという気持ちの両方がありました。

・共立:
共立とその他に受けた志望校は、模試で70%以上の合格判定は出ていたので、なんとなく大丈夫だろうと思っていました。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
スイッチは最後まで入りませんでした。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
朝起きて学校に行くまでの間に、計算や漢字、暗記系の基礎的なドリルなどを続けていたことは良かったと思います。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
ふだんからコアプラスをやっていなかったことです。最後の1月の勉強から考えると、それまでは暗記するための読み込みや周回が全く足りていなかったと思います。

 

Q6. トトでの中学受験フォロー授業の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
トトには5年生の後半から通い始めました。トトに来たのは、算数と理科でサピックスの授業に全くついていけなかったからです。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
1月の最後の取り組みに向けて、取り組むことの指定と、スケジュール表があったことが良かったです。

また、土日に自習室を開けてくれたことも良かったです。

 

Q8.小テストや月例テストで点数が取れない場合、自分にテキストレベルが合う塾に転塾を考えることも一つの選択肢ですが、「SAPIXのここが良かった、転塾はしたくなかった」と感じる理由はなんでしたか。また、もし「ここは合っていなかった」と思うことがあれば教えてください。

A8.
サピックスには仲が良かった友達や先生がたくさんいて楽しかったことが転塾をしなかった理由です。サピックスでは、面談などを担当する先生がいなくても、他の先生がよく見てくれたことが良かったです。

ですが、進みが速いことは合っていなかったと思います。
6年以降は、理科社会は完全に別テキストを使い、算数もテキストの半分以上の問題は飛ばして別テキストを使っていました。6年生からはサピックスに通いながらもほとんど別メニューの勉強をしていました。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
特に頑張ったことは、苦手な算数と理科の基礎の勉強です。算数は1度全て解いた「四科のまとめ」をもう1度やり直し、理科はトトで先生から配られた計算プリントを解きました。

理科と社会は「メモリーチェック」を使い、音読しながら家族に答え合わせをしてもらうやり方で何度も周回しました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
苦手な科目は、基礎の勉強をくり返すと良いです。また同じ問題集をやるのかと思っても、実際にその問題をテストしてもらうとできていないことが多かったです。

ただ、同じことを何度もくり返すことになるので、楽しくはないと思います。
何か嫌なことをする時は、そのあとに自分のお楽しみをつくってやるといいですよ!

A
A

回答ありがとう!

 

SAPIX生に限らずだけど、サボっているわけではないのに通っている大手塾のテストで偏差値40台前半を下回ってしまったら、転塾はしないにせよ、思い切ってテキストを変えて別メニューで動くことは考えた方が良いと思う。

 

通っている塾の先生に相談すると、おそらく「取捨選択をして○○レベルまでの問題をやりましょう」と言われたり、6年生だと「通常授業の復習に加えて今までのテキストをやり直していきましょう」と無理難題を課せられたりもするはず。

 

でも、もしそれで改善可能ならば、もともと塾の偏差値が40台前半を下回ることにはなっておらず、少なくとも平均付近を目指せる点数が取れていると思う。このとき真の問題は、「塾のテキストレベルが全く合っていなくて、解答・解説を確認してすらほとんどの問題が理解できない、覚えられない」ということにある。

 

その場合は、テキストレベルを自分に合わせて対応していかないと、復習をするにしても問題演習の量が圧倒的に不足してしまう。
どこの塾で誰が教えるかや、勉強時間の確保以前に、まずは使用するテキストレベルが自分に合っているかが最も重要だよ。
参考にしてね。

SAPIXのフォローで4年生の前期からトトの個別指導を利用。5年生の夏休みからは日能研に転塾して、成城中学校に合格

A
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こちらの学生は、4年生の4月からSAPIXの算数のフォロー目的でトトの個別指導に通い始めました。算数は平均前後を取れていましたが、理科社会がSAPIXテキストについていけてなかったため、5年生の夏休みから日能研に転塾し、引き続きトトでは個別指導を受けて、成城中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
明大中野が第一志望で、成城が第二志望でしたが、6年生の9月に行った学校見学で志望校を決めました。施設が綺麗で、通っている先輩方などの学校の雰囲気が自分に合っていると思いました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
全体的にいけると思っていて、あまり深くは考えてはいませんでした。

トトで先生からは「ここは模試の偏差値的に難しい」、「ここは半々で勝負になる」など言われていたのですが、よく考えずに1月は受けたい学校をできるだけ受けました。その結果、80%合格可能性が出ていた城北埼玉だけ合格し、その他に受けた大宮開成も栄東も専大松戸は全て不合格になってしまいました。

そこからギリギリの直前に、もう1度先生に相談しながら2月の受験ルートを組み直しました。
2月の結果は、明大中野は不合格でしたが、その他に受けた獨協、京華、専大松戸、成城は全て合格することができました。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
スイッチが入ったのは12月からです。今思うと、本当に頑張って勉強をしたのは1月のお正月明けからだと思います。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
朝の計算と一行問題、漢字、語句は習慣としてやっていて良かったです。

国語では、ただ文章を見ていくのではなく正確に読むことをトトで教えてもらい、国語が以前よりも得意になりました。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
理科社会の基礎知識はふだんのやり込みが足りませんでした。もっと早くから頭に叩き込んでおくべきだったと思います。

今更ですが、ゲームやYou tubeの時間をもっと勉強にあてれば良かったです。

 

Q6. トトでの個別指導の利用を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
4年生の初めごろから通い始めました。サピックスのテストで点数が取れていなかったため、親からトトを勧められました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
トトでは自分に合ったスケジュールを考えてくれたことが良かったです。直前の時期にも、今必要な個別のメニューを作ってもらいました。
個別指導では、特に算数で、自分の苦手な所や大事な所を分かりやすく説明してもらいました。

 

Q8.SAPIXから日能研への転塾を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。実際に転塾してみて良かったと感じる点もあれば教えてください。

A8.
転塾を決めたのは5年生の夏期講習直前です。トトでサピックスのテキストを使って算数の個別指導を受けていたので、算数は平均点前後をとれていましたが、理科社会のテストで点数がとれず、親に勧められました。

日能研の方が授業のスピードが僕には合っていました。気の合う友達が沢山出来たことも良かったです。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
1月になっても理科の計算がまだ苦手だったので、個別指導では多めに時間を使いました。

また、トトで先生から、理科・社会の基礎知識の暗記を本番までやり直し、算数で間違えた問題をくり返し解くように言われたため、ひたすら練習しました。
くり返しに使った教材は、理科社会は「メモリーチェック」と日能研で配られた「知識獲得確認テスト」です。算数は「四科のまとめ」と、日能研の夏期講習で配られた「428問」の問題を周回しました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
計算と一行問題、漢字、語句は絶対にかかさず毎日やっておくと、後が楽です。

あとは寝る時間の確保が大事です!
僕には睡眠時間を少なくするのは無理で、少なくとも毎日8時間は寝ていたと思います。早寝早起きをしましょう。

受験本番は朝起きて、午前中から試験なので、本番で力を発揮できるように朝型に切りかえていこうとトトでは言われていました。
朝起きて、学校に行くまでの間に、毎日やる基礎的な取り組みをできるだけ終わらせることがお勧めです。

A
A

回答ありがとう!

 

日能研に転塾したのは、SAPIXの理科社会についていけなかったからだったね。
SAPIXでは理科社会のテストの偏差値は40台前半を下回っていたけれど、日能研では理科社会の偏差値は常に50以上、社会は55を越えることも多かった。
勉強時間やテキストの周回回数など、取り組み方は全く変えていないし、取り組み時間的にはむしろ減っているぐらいなのに、ふだんの勉強やテストがだいぶやりやすく感じたはず。

 

算数はまだ平均付近を取れていたのに転塾は意外に思われるかもしれないけれど、転塾目安としてわかりやすいのは実は理科社会の点数の方だと思う。
理科社会はフォローをするにしても、家庭学習での塾テキストの読み込みや暗記周回は基本的に学生にお任せになる。このとき、勉強時間をきちんと取っているのに理科社会で小テストや月例テストの点数が全く取れなかったら、これは「テキストレベルが自分の実力をはるかに越えていて、読んでいても理解できていないし、覚えられていない」というサインだよ。

 

算数だけ別テキストを使い別メニューで指導ということであればまだ現実的だけど、できるだけ学生個人で完結させたい理科社会で「テキストレベルが合っていない」となると、塾のカリキュラムに沿っていくことはもはやほとんど不可能になってしまう。
その場合、転塾してテキストレベルを自分の実力に合わせることは効果的で、大手塾の中で比較的理科社会の進みがゆっくりな日能研は良い選択肢になると思う。
参考にしてね。

日能研に通いつつ、6年生の後期から国語の個別指導でトトの家庭教師を利用し、芝中学校に合格

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こちらの学生は、日能研に通っていましたが、国語で伸び悩んでいたため、6年後期からトトの家庭教師を利用し、芝中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
芝中が候補になったのは6年の3月ごろです。学校の雰囲気が決め手でした。海城中とどちらを第一志望にするかは最後まで悩みましたが、最終的には6年後期の日能研模試の結果や過去問の結果を見て、芝中を第一志望に決めました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
・大宮開成:

過去問でも点数が取れていたので、自信はありました。

・栄東:
A日程では算数ができずにまずいと思っていたら、あと5点足りずに不合格でした。先生からは、もともと模試の合格率は半々だったので想定内の点数だから、次は算数のミスがなければ十分に合格可能性はあると言われ、実際にB日程では合格できました。

・芝:
6年夏頃、国語の偏差値が下がって不安になり、トトで家庭教師をお願いしました。芝の算数も苦手意識があり、算数は模試では必要偏差値に届いていたのですが、過去問は12月までに6回やって、算数は1度しか合格者平均を越えませんでした。でも、根拠のない自信があったので、第一志望はそのまま変えませんでした。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
栄東の後からです。A日程が不合格だったことで危機感を感じました。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
役立ったのは、トトで先生が配布してくれた歴史のゴロ暗記プリントです。

社会は6年の夏ごろまでサボり続けていて、平均ギリギリだったため、後期からメモリーチェックを一からやり直している状況でした。
国語も9月に家庭教師をお願いしてから、でる順の漢字と語句のドリルを使い、語彙力アップからやり直しました。
そのような状況で、国語と社会は9月に一度芝中の過去問をやったところ全く解けずに後回しにしていたのですが、結果的に過去問よりもまずは基礎のやり直しを優先してよかったと思います。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
理科のメモリーチェックの2周目以降の周回をしっかりやるべきでした。

理科は得意科目だったので、直前は難問中心に取り組み油断していましたが、本番で基本的な知識問題が答えられませんでした。

 

Q6. トトでの家庭教師の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
家庭教師をお願いしたのは6年の9月ごろです。理由は夏に国語の偏差値が下がり始めたことと、記述がほとんど書けず、危機感を感じたからです。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
初めに簡単な文章の精読や要約をていねいに積み重ねていく学習をしたおかげで、文章を書くことに対する苦手意識が薄れていきました。

記述問題では、問題パターンごとの考え方と手順を習ったことで、解答根拠を探せるようになり、記述での解答が書けるようになりました。

 

Q8.国語の記述が全く書けなかったところから、国語がほぼ全問記述解答の芝中に合格できました。自分の国語の実力が変わったと思えるポイントがあれば、それは何を実践して、何ができるようになったところで実力が変わったと実感できたかを教えてください。

A8.
記述解答の手順を学んでから、過去問の空欄が埋まるようになりました。

過去問を解くときには毎回精読をしながら取り組んでいましたが、過去問二周目の精読と要約を取り組んだころから、ぐんと力がついたと思います。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
芝中の算数の過去問の点数が良くなかったため、1月はトトで先生が選んでくれた算数の頻出分野問題を、日能研のトレーニングプリントを使ってひたすら解きました。そのおかげで、本番では今までで最高点をとれました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
記述はとにかく書く練習あるのみです!
ただし、いきなり過去問で記述を書く練習を始めても全く書けずにやる気にならないため、6年生の9月以降であっても、簡単な文章の精読と要約から始めた方が良いと思います。

栄東のように、国語の知識問題の配点が高い学校を受験するときには、漢字や語彙、文法などの知識問題を得点源にしてください。
僕のように5点足りずに不合格になることもあり、先生からは1問分の点数が足りずに不合格は何度も見ていると聞いています。

最後まで諦めずに頑張ったら、あとは、当日は「なんとかなるさ!」という気持ちで臨んでください!

A
A

回答ありがとう!

 

トトは6年の9月模試以降の利用だったけど、日能研模試結果は、算数と理科が偏差値60越え、国語と社会は偏差値50前後という状況でのスタートだったね。
国語は日能研とは別テキストで語彙力をつけることからやり直し、社会はメモリーチェックのやり直しから始めて、1か月ごとに模試結果が良くなっていった。

 

6年後期からの国語指導の依頼は、実はそこまで珍しくないよ。その経験上の私見になるけれど、国語が苦手という学生は、まずは「テストや模試の漢字・語彙・文法問題で常に8割以上を取ること」を目標に学習していくと良いと思う。

 

今まで国語の指導していて、何年生から読解指導を受けていたとしても偏差値が上がらないままという学生には、「塾の月例テストや6年の模試結果で、漢字・語彙・文法問題がたいてい5割以下の出来」という特徴がある。
逆に「塾の月例テストや6年の模試結果で、漢字・語彙・文法問題はたいてい8割以上取れている」という学生は、たとえ6年後期からの読解指導でも、多くの場合偏差値が5以上上がっている。

 

国語の「読み方」や「解くときの考え方・手順」を教えること自体はそこまで時間はかからない。
「読み飛ばし」という問題もあるのだけど、国語が苦手な学生は、まず根本的に「語彙力」と「一文、二文程度の短文の意味を理解する文法力」が足りていないことが多いのだと思う。

 

国語は「解く」前に、まず「本文の意味が読みとれる」必要がある。それには「用語や一文の意味が理解できる語彙力と文法力」が前提になるので、語彙力と文法力は最優先でつけていこう。
参考にしてね。

四谷大塚のフォローで6年生の前期からトトに通塾し、光塩女子学院中等科に合格

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こちらの学生は、四谷大塚に通っていましたが、6年前期の最初の合不合判定テストで偏差値が30台だったことから、四谷大塚のフォロー目的でトトの少人数コースに通い始めました。途中からは四谷大塚のカリキュラム・テキストとは完全に別メニューに切りかえ、光塩女子学院中等科に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
最終的に決めたのは、6年生の4月頃です。校舎がきれいでキリスト教の学校を希望していたので、普連土学園と光塩女子学院を志望校に決めました。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
・普連土:

第一志望だったので、合格できたところをずっと想像していました。

・光塩女子:
過去問対策をしていた時、問題の質があまり合わず、難しいと思っていました。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
6年生の後半からです。受験前の1月半ばからは特に頑張れたと思います。

最後の方は、平日は5時間くらい、休日は10時間くらい勉強しました。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
算数の「ベストチェック」や、理科社会の「メモリーチェック」などのテキストの周回はやって良かったです。同じものを何度もくり返していなかったら、合格できていなかったと思います。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
分からない問題をそのままにしていたことが良くなかったです。もっと早くに質問をすべきでした。

トトに来るまでは、やることやスケジュールなどの可視化もできていませんでした。

 

Q6. トトでの中学受験フォロー授業の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
トトには6年生の4月から通い始めました。四谷大塚に通っていましたが、ふだんのテストで点数が取れず、6年の最初の合不合模試でも偏差値が30台だったのでトトに相談に来ました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
やるべきことをわかりやすく伝えてくれることです。やることをスケジュール表にまとめて、教材の取り組み方も全てプリントにしてもらえたので、やりやすかったです。

 

Q8.週テストや月例テストで点数を取れていなかった場合、よりテキストレベルが合う塾に転塾を考えることも一つの選択肢ですが、「四谷大塚のここが良かった、転塾はしたくなかった」と感じる理由はなんでしたか。また、もし「ここは合っていなかった」と思うこともあれば教えてください。

A8.
四谷大塚から転塾しなかったのは、低学年から通い続けていたからです。生徒が先生と相談できる面談があったことも良かったです。

合わなかったことは、クラス分けをしても、上のクラスと下のクラスで同じテキストを使うことです。テキストでは解けない問題が多かったです。
基礎が身についていなかったので、6年の夏期講習は四谷の講習には参加せず、それからはほとんどトトで作成したメニューのみで勉強を続けていました。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
模試や過去問で計算や漢字、語句の間違いが続いていたので、1月の最後まで計算と漢字の勉強を続けました。
暗記分野は「メモリーチェック」を使い、家族に答え合わせをしてもらいながら何回も読む練習をくり返しました。覚えられないものは書く練習も増やしました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
なるべく早くに受験に向けてのスイッチを入れておいたほうが良いです。
計算や漢字、暗記物を覚えられていないと、いつまでも点数が上がりません。模試の合格率も低いままで不安になります。

毎日勉強するのは辛いですが、頑張ってください。
受験生のみなさんを応援しています。

A
A

回答ありがとう!

 

6年の合不合模試は偏差値30台からのスタートで、実はこれは最後まで変わらなかった。
6年後期から受けてもらっていた首都圏模試でも、偏差値40台後半が続いていて、四科目の首都圏模試偏差値は50を越えることはできなかった。
だから光塩女子の合格率は最後まで30%未満だったのだけど、その状況から本番で合格まで持っていけたのは、ラスト1か月の本人の頑張りの賜物だと思う。

 

もちろん安全校も受けていたけれど、志望校を変えずに後押しできた材料は、高学年で受けた「四谷大塚の全国統一小学生テストで、四科目とも偏差値45以上は取れていた」こと。
全国統一小学生テストは、中学受験問題ではなく、小学校範囲内で問題を難しくしているテストだけど、このテストの4年6月~6年6月までの偏差値は、中学受験本番の参考値として有用だよ。

 

トトで指導している学生のデータを見ると、例年、高学年での全国統一小学生テストの偏差値と同程度以上の合不合偏差値の学校に、中学受験生たちは合格できている。
これは大手塾の月例テストや模試ではこの値よりも大分低い偏差値を取っている場合でも、最終的にはなぜか合格に手が届いている。
よって、高学年での全国統一小学生テスト結果は、対策などではないむき出しの実力が表れていると考えられるし、その偏差値は中学受験の志望校選びの参考になると思う。

 

こうした材料に加えて、首都圏模試レベルでの正答率の高い計算問題や一問一答知識問題でまだまだ失点しているところも、残り期間の基礎の徹底で上乗せが期待できる材料だった。
四谷の合不合判定テストや日能研の合格判定テストで偏差値30台~40台の学生は、首都圏模試の方がレベル的に適正で、解ける問題が増えるし、課題も見つけやすくなるよ。

参考にしてね。

啓明館のフォローで5年生の後期からトトに通塾し、芝中学校に合格

A
A

こちらの学生は、啓明館の国語と理科のフォローと学習習慣を維持する目的で、5年生の後期からトトの少人数コースに通塾し、芝中学校に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
芝中は6年生の7月に知り合いの紹介で野球部の練習に参加させてもらい、志望校の一つになりました。城北中とも迷っていたのですが、最終的に2月1日に受けようと思ったのは、1月に栄東中に受かったことと、その後過去問を解いてみて、何度か合格点が取れたからです。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
栄東:

栄東中は模試で毎回合格率20%以下だったことと、一番最初の受験だったので、受かるかどうか不安でした。なんとしても合格をとりたかったので、10日と11日の両方を受け、10日は不合格でしたが、11日はあまり緊張せず、受かると感じ、合格できました。

埼玉栄:
10日の午後受けた埼玉栄中は、何の対策もせずに受験しましたが、午後受験の前に算数だけ過去問を解いて90点近く取れたので、受かると思いました。

芝:
芝中は模試の合格率が30%くらいだったので最初は受かると思っていませんでしたが、1月以降、算数、理科、社会の過去問の点数が毎回合格点を取れたので自信はありました。
国語が苦手で、特に物語文と選択肢式問題が苦手だったので、論説文もあり、記述式だけしかない芝の問題ならまだ間に合うかもしれないと思い、2月1日までは国語は芝の対策だけを取り組んで勝負しようと思いました。
31日の夜は、緊張して眠れませんでした。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
最後の日能研模試が終わり、トトで先生から栄東中に向けてやるべきことをまとめたプリントをもらってから、スイッチが入りました。12月のおわりごろだったと思います。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
12月から1月にかけて行った、算数、理科、社会の基本問題の総復習です。

「単問チェックで中学入試基礎固め」という問題集と、啓明館の「入試直前演習」、「理科ファイナル」、「総まとめ」、「得点倍増計画」のテキストを周回しました。
国語は芝の過去問の精読と要約をくり返したのが良かったと思います。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
塾の授業の復習をおろそかにしていて、やらなかった問題がたくさんあったことです。また、間違った問題の復習もやっていないことがありました。

 

Q6. トトでの家庭教師の受講を決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
5年生の秋ごろです。小学校の同級生の勧めで、トトに通って国語の成績が上がったと聞いたので、通い始めました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
自習室が利用できたことで勉強が捗りました。

理科の補習プリントや国語の精読と要約の仕方、問題パターンごとの解き方の手順のプリントがもらえたことで、自分で進められるようになりました。国語の精読と要約はだいぶ力がついたと思います。
その他に社会では、1月に統計資料の農作物などの項目を見ておけと言われて見たところが、芝中のテストに出て解けました。

 

Q8.トトの授業や自習室では、啓明館の教材のフォローとは別に、主に国語や理科のプリントを配布し個別の課題に取り組んでもらいました。自分の国語や理科の実力が変わったと思えるポイントがあれば、それは何を実践して、何ができるようになったところで実力が変わったと実感できたかを教えてください。

A8.
国語は、芝の過去問の精読と要約を続けたことで力がついたと思います。最後の最後に過去問で国語で7割近く取れて、記述解答は先生に「これは完璧」、「これはほぼ完璧」と書いてもらえたことで、本番でも点が取れると自信になりました。

理科では、中和反応や溶解度の計算問題のプリントを取り組んだおかげで、栄東中で良い点が取れたと思っています。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
4番目の質問でも書いた、基本問題の総復習です。間違った問題を何度も解き直しました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
啓明館生は、復習だけでなく、予習も絶対にやりましょう。そのためには、1週間のスケジュールを細かく立てておかないととても無理です。

僕の場合はいつ何をやったら良いかわからず、その場しのぎでテキストを終わらせていましたが、トトに来てから先生にスケジュールを整理してもらい、何曜日に何をやるか全科目指定してもらいました。

あとは、間違った問題を自分で解けるまで何度も解くことが大切です。
苦手分野にちゃんと向き合いましょう!
最後まで諦めないで頑張ってください!

A
A

回答ありがとう!

 

この質問の回答には出てきていないのだけど、実は一番危険だったのは、「漢字や語彙と、理科や社会の基礎知識の実力が、啓明館のテストで出ている偏差値ほどにはついていない」ことだった。
これは、6年生の後期になり、啓明館生が受ける日能研の合格判定テスト結果からわかったことだったので、この時期に発覚するのは志望校選びに大きく影響すると思う。

 

こちらの学生のケースだと、啓明館の隔週テストやナビ模試では、国語は漢字も語彙も取れていて偏差値55前後、理科社会は偏差値60前後で、ナビ模試の合格率の判定は、海城で40%以上、芝で70%以上になることが多かった。
ところが日能研模試になると9月から最後まで、国語は漢字と語彙で大きく落として偏差値50前後、理科社会は基礎知識問題を落として偏差値55前後で、栄東や芝の判定でも合格率は常に20%から30%だった。

 

啓明館では2週に1回の「隔週テスト」と、5週に1回の「ナビ模試」というテストがあり、これはどちらも範囲ありのテストなので、大手塾の「組み分けテスト」や「オープン模試」のような、ほぼ範囲無し(それまでの数か月分、あるいは数年分の膨大な範囲)のテストがない。そして、啓明館では6年の後期から日能研模試の利用が始まる。
すると、範囲無しの実力テストが課せられる時期になって初めて、「それまでは短期の記憶力が良いために直前のテスト勉強でなんとかなっていたが、実は基礎知識の定着があやしい」ということが発覚する可能性がある。


啓明館は中学受験塾の中ではやや特殊な予習型の塾だけど、もし、「理科社会は予習まで手が回らず、普段から直前に解答を見て穴埋めしてから音読するぐらいで済ませていて、それでもあとは直前のテスト勉強で塾のテスト結果はよく取れているから気にしていない」という場合は、少し注意しておいた方がよいかもしれない。

 

その場合は、外部模試は6年の前期にもあるので、四谷大塚や日能研、または首都圏模試で、「基礎力はちゃんとついているか、もしかして直前の短期記憶だけで乗り切ってきていないか」ということを確認しておく価値はあると思う。
参考にしてね。

4年生からトトの家庭教師一本で、東洋英和女学院中学部に合格

A
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こちらの学生は、4年生の前半はSAPIXに通っていて、平均以上は取れていたのですが、自分のペースで学習したいという希望でSAPIXを退塾し、4年生の前期からトトの家庭教師の利用を始めました。5年生までは週2回、6年生からは週3回の利用で、東洋英和女学院中学部に合格しています。
それでは、以下トトからの10の質問と、学生の回答です。

Q1.志望校を最終的に決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれは何が決め手になりましたか。

A1.
模試の成績を参考にして、6年生4月に第一志望を決めました。

東洋英和を選んだ理由は、制服が可愛いこと、学校、先輩達の雰囲気が良いこと、英語に力を入れていることなどです。

 

Q2.受験時まで絶対に合格できると思い続けていたか、それとも合格できるか不安になったり半ば諦めたことがあったか、今だからぶっちゃけてしまうと、どう感じていましたか。これは各受験校で変わると思うので、それぞれの学校について抱いていた感覚を素直にお願いします。

A2.
合格は絶対できると思っていました。

6年後期の四谷大塚の公開模試では、最後の模試まで、東洋英和の合格率はずっと20%でした。11月の模試の後に、先生からは40%から60%の圏内にいないと合格は難しいと言われ、一度は2月1日の受験校から東洋英和を外したのですが、どうしても受けたかったため、12月に東洋英和を2月1日の受験校にもどしました。

 

Q3.自分の学習を振り返り、自分の全ての時間を受験に使うぐらいのスイッチが入ったと思える時期、ここからは本当に自分の限界まで頑張れたと思える時期はいつからですか。

A3.
6年11月に、公開模試の結果から、このままでは第一志望は難しいと言われて受験のスイッチが入りました。ですが、自分の限界まで頑張れた時期は特になかったです。

 

Q4.学習面でこれはやって良かった、合格に役立った、意欲的に取り組むべきだ、と思えるような取り組みは何ですか。

A4.
やって良かった点は、志望校対策の勉強です。

12月に2月1日も東洋英和を受験すると決めてから、東洋英和の点数を上乗せするためのメニューを、先生に作ってもらいました。
算数では、過去問からわかる特徴的な問題を取り出してもらい何度も練習しました。
また、記述の問題が出される傾向があるので、特に配点の高い国語は、自分の経験を書く作文を毎日書いたり、社会、理科でも文章で答える練習を毎日しました。

 

Q5.今振り返るとこれは良くなかった、もっとこうすべきだったと、反省することは何ですか。

A5.
私は続けて勉強ができずに休憩をよく取っていたのですが、休憩を沢山入れることにより勉強終了時間が夜遅くになることもありました。そのせいでより疲れてしまったかもしれないと思います。
6年生では長時間の勉強が必要になるので、勉強を続ける体力をつけることも必要でした。
もっと早く取り組めば良かった点は、国語の読解力をもっと早く身につければ良かったです。

 

Q6. SAPIXの退塾と家庭教師一本でいくことを決めたのは、何年生の何月ごろですか。またそれはどのような理由からですか。

A6.
4年生の夏ごろに、サピックスを辞めて家庭教師一本にしました。理由は、サピックスの勉強ペースだと、テストで点数を取るには、自由な時間、十分な睡眠時間が取れなかったからです。まだ続けたい習い事もあったため、自分のペースでできる勉強に変えたいと思いました。

ただ、6年の夏期講習頃、長時間の勉強は1人で向かうより友達と一緒にしたいと思った時、またもう1度集団塾に通塾することを考えました。
ですが、それまでずっと自分のペースで勉強を続けてきたので、ここから塾に合わせて逆に効率が悪くなることを考え、最後まで家庭教師一本でいくことに決めました。

 

Q7.トトの利用全般において、ここが良かった、合格のために役立った、と思うところは何ですか。

A7.
土日は午後の自習室があったので、そこで行う3時間の勉強時間は、集中して行うことができました。

先生からは、算数では全問題で問題集の解答とは別に解説プリントをもらっていたので、自分の弱点の克服につながったと思います。
1月の最後の取り組みも、今点数が取れていないところから必要な勉強を指定してもらえたことが良かったです。

 

Q8.集団塾を退塾し、家庭教師のみで中学受験に向かうのは珍しいケースだと思います。退塾を決めてここが良かった、自分には合っていたと思うことや、逆に今思えば大変だったと思うことがあれば、教えてください。

A8.
家庭教師に変えてからは、先生からは算数の指導と毎回課題を出してもらい、それをチェックしてもらっていたので、さぼらずに課題をこなすことが出来ました。また、先生に自宅に来ていただいくことで自分の時間を作ることが出来たので、私にはそれが合っていました。
語彙暗記や理科社会の用語暗記も順調に進んでいて、覚えることは特に大変とも思わなかったのですが、6年生になってからの模試の結果を見ると、もっと大変に感じるぐらいにくり返さないと駄目だったのかもしれません。

 

Q9.6年冬休み以降の最後の1ヶ月、特に意識して頑張ったこと、取り組んだことは何ですか。

A9.
算数が得意なので、そこで点数をかせぐため算数の勉強時間を少し増やしました。

これは志望校の算数でよく出る傾向の問題、特に平面図形を徹底的に取り組みました。
受験前の最後の一週間は、特に社会、理科の暗記に力を入れました。

 

Q10.最後に、後輩たちに受験に向けてのアドバイスをお願いします!

A10.
漢字や理科、社会などの暗記は、一度問題集を終わらせてもおどろくほど忘れていきます。模試の点数がとれなくなったら、基礎の暗記にもどって何度も何度もくり返した方が良いと思います。

長時間の勉強で疲れた時は、志望校のパンフレットを見て、そこに通う未来の自分を具体的に創造し、どんなクラブに入って、オリエンテーションに参加している自分などをリアルに想像してました。
最後は自分を信じ抜くことです!

 

A
A

回答ありがとう!

 

家庭教師のみで中学受験をする学生は多くないと思うけれど、「自分のペースで進めたいし、他に自分のやりたいことを続ける時間を作りたい」という場合は、中学受験塾に通うことはなかなか難しいね。
その場合は、個別指導を利用してマイペースで進めていくのが合っているし、完全に自分向けにカスタマイズしたカリキュラムを作ってもらうと良いと思う。

 

ただし、このケースの厳しい点は、モチベーションの維持に「周りの雰囲気・熱量」が利用できないこと。
これは大手集団塾に通っている学生の利点で、集団塾での競争心理、テスト等、そうしたものがないと、いくら家庭教師という指導者がいても、自分一人でコツコツ自学することは大変だと思う。
実際にこの回答の中でも、「6年生の夏期講習頃、長時間の勉強は友達としたいと思った時、もう1度集団塾に通塾することを考えた」と言っているね。

 

他に、「国語の読解力をもっと早く身につければ良かった」と言っているところもあるのだけど、この原因は、実は「語彙力」の不足にあり、模試での漢字や語彙が、最後まで半分以下しか取れていなかった。そして、理科と社会も四谷の合不合判定で偏差値40台がほとんどだったため、漢字や語彙と同様に、基礎知識が不足していたと言える。
この根本的な原因は、家庭学習のみという環境下では、基礎知識の学習を何度も何度もしつこくくり返す自学が難しかったからだと思う。それは無理のないことだと思うよ。

 

そのため、模試結果は最後まで苦戦していて、東洋英和の合格率は20%判定であることが多かった。一方で、算数は得意で、家庭教師ではずっと算数指導を受けていたこともあり、算数の偏差値は常に東洋英和以上の水準だったことが大きな強みだったね。
だから、あとは本当に最後の最後の知識系の追い込み、本人の頑張りで、なんとか4科目の水準を東洋英和合格ラインまで引き上げることができたのだと思う。

 

大手塾を利用しない、小規模塾や個別指導のみでの受験には、「マイペースで進められる」という利点はあるけれど、「周りの熱量や競争意識を利用することができない」ので、「特に知識系は自己チェックを厳しくしてコツコツ自学できること」が重要になってくるよ。
参考にしてね。

 

主な進学先

大学受験

〇国公立

一橋大学、名古屋大学、千葉大学、東京都立大学

〇私立

早稲田大学、東京理科大学、明治大学、中央大学、法政大学、獨協大学、日本女子大学、東京電機大学、東洋大学、日本大学、昭和大学

 

中学受験

〇私立

・共学校

東邦大学付属東邦中学校、栄東中学校、国学院久我山中学校、専修大学松戸中学校、淑徳巣鴨中学校、日本大学第一中学校、

・男子校

早稲田中学校、海城中学校、芝中学校、本郷中学校、東京都市大学付属中学校、成城中学校

・女子校

東洋英和女子学院中学部、学習院女子中等科、立教女子学院中学校、淑徳与野中学校、共立女子中学校、普連土学園中学校、光塩女子学院中等科

 

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