中学生のための10冊
国語の勉強のために中学生はどんな本を読んでおけばいいのだろうか。ここで作戦を立ててみたい。
まず都立自校作成校の特徴として「国公立大学に一定数の進学者を出すように、都からノルマが課せられている」という点があげられる。
すると「都立自校作成校はどんな学生を欲するだろうか」と考えたときに、「それは3年後に国立大学に進学してくれそうな学生だ」と仮定を立てることができる。
すると「都立自校作成校はどんな問題を入試で出すのだろうか、それは国立大学の入試に似たような問題だろう」と推測が進む。
ここで実際に都立自校作成校の過去問にあたってみると、現実として英語における「超長文を読ませて、受験生が正しく文意をとれているかを問う」という形態はセンター試験や国立大学の入試に似ている。
では国語(とくに評論文)はどうか?
たとえば都立戸山高校の過去問を眺めてみると、評論文の出典は
H30 鷲田清一『哲学の使い方』(哲学)
H29 中沢新一『芸術人類学』(人類学・宗教学)
H28 野崎泰伸『倫理とは何か』(倫理)
H27 川勝平太『日本文明と近代西欧』(近代論・日本論)
H26 山口裕之『ひとは生命をどのように理解してきたか』(科学と文明・進化論)
となっている。
このテーマの傾向は完全に「大学受験の現国」と一致する。なにより平成30年の鷲田さんや平成29年の中沢さんは大学受験の現代文における出典の常連だ。かつては鷲田清一、内田樹、の両名が大学受験の入試や模試の出典を占拠して一時代を築いていたほどだった。
では「大学受験の現国」においてはどのような文章が出題されているのか?
それは「現代思想を水で薄めて口当たり良くした文章」だ。
では「現代思想」とはなにか?
それは「西欧文明に端を発する「近代文明」を内部から批判する営み」だ。
それでは「近代」とはなにか?
それは「我々が当たり前だと思っているこの文明」のことをいう。具体的には「個人主義」「民主主義」「科学主義」「理性主義」「資本主義」などをいう。この「当たり前」を切り崩して現代社会の問題の根本をあぶりだそうというのが現代思想だ。
では現代社会の問題の根本とは何か?
たとえば、いまだ解決されていない近代の負の遺産として「植民地支配の傷跡」「白人・キリスト教・男性中心主義」「西欧と日本にだけ有利な世界の経済格差」などがある。より分かりやすく言うと、有色人種の差別、女性の差別、イスラム世界に蔓延する西欧への不満、東アジアにおいていまだ引きずる戦後処理の失敗、カジノ化する金融資本主義、経済発展が生み出す環境破壊、クローン、原発、遺伝子組み換え、代理母などの科学技術が生み出す新しい倫理問題、先進国では若者が物欲を軽蔑し「生きる意味」を見つけ出すことができずにカルト宗教に走る、など、など。これらは全てその問題の根っこが近代にある。
ここにおいて。
中学生は「現代思想」のテイストを理解し、「近代批判」の典型的な語り口をつかめばよい、ということになる。ここの「近代批判」の勘所を捕まえることができたなら、そのとき学生は、高校受験で点数がほしいなどといった短い射程にとどまらず、大学受験まで効き、さらにはそのあとの大学生活での読書の指針にもなるような、根本的な勉強のベースを手に入れたことになるはずだ。やったぜ。
だから都立自校作成を受けたいような中学生は少し背伸びをして、高校生が読んだり、大学生が読んだりするような本に手を出して読んでいればいいのだ。ふだんから入試で課されるような文章に慣れておけば、小手先の入試の解き方なんて無視して、ただたんに、ふつうに、「ああ、いつも読み慣れているからこの位の文章なら私は読めるよ」という状態になる。これをめざそうぜ。かっこいいじゃん。若いんだから背伸びして難しい本を読んでおけ。
しかし私の経験上、鷲田さんや中沢さんをゴリゴリ読む中学生なんて見たことがない。都立自校作成の入試はちょっと志が高すぎて現実の中学生像とかみ合っていないと思う。
本当は上にあげた「高校生にすすめる大学受験のための11冊」を読んでほしいけれど、中学生は突然はそんな文章は読めないかもしれない。
高校生が読む本はまだ早い、だって僕は活字なんてジャンプの立ち読みくらいでしか読まないし、コナンになるともう文字が多すぎてセリフを読み飛ばしてる、「おけまる」だとか「よろ」だとかいったラインの鳴き声より長い文章は読まないから、って中学生もいるかもしれない。
おーけー。わかったよ。
そんなキミのために探しておいたぜ。簡単な活字を!
こういう時はちくまプリマ―か岩波ジュニア新書にあたればいいのだ。
今回は岩波ジュニアでそろえたよ。
この10冊を読み終わったら、次は高校生にすすめる11冊にすすめ!
『憲法読本第4版』杉原 泰雄
『お金の動き』泉 美智子
『世界は今どう動いているか』毎日新聞外信部
『宇宙と生命の起源』嶺重 慎 , 小久保 英一郎
『心と脳の科学』苧阪 直行
『進化とはなんだろうか』長谷川 眞理子
『世界の国 一位と最下位』眞 淳平
『日本の文化』村井 康彦
『ストリートチルドレン メキシコシティの路上に生きる』工藤 律子
『自分の顔が好きですか?』山口 真美
番外編
『中学生になったら』宮下 聡
寸評
『憲法読本第4版』杉原 泰雄
名著。岩波ジュニアの発足とほぼ同時に初版が刊行され、そのご、版を重ねてついに第四版にまで至ったのだった。中学生は歴史の授業で習ったと思うのだけど、近代国家とは「自前で憲法を持っている国」だと明治の人々は考えたのだった。だから今でも大学の文科では法学部が一番えらいみたいな雰囲気でふんぞりかえっている。近代をつかまえるにあたって憲法を無視することなどできはしない。人権、民主主義、社会契約、近代の根本は憲法なのだ。
『調べてみようお金の動き』泉 美智子
この世の中とは何か? 説明不要! カネだ! カネのながれが分かれば社会の仕組みは分かるのだ! カネだ!
『世界はいまどう動いているか』毎日新聞外信部
「今」と題名についているがちょっと古い本。人種問題、宗教問題、民族紛争、といった「植民地主義の負の遺産」または「白人中心主義の負の遺産」による現代の問題が簡潔にまとめてある。
『宇宙と生命の起源 ビッグバンから生命誕生まで』嶺重 慎 , 小久保 英一郎
自然科学のロマン枠。宇宙はどのように始まったか。物質はどこから来たか。生命の誕生はいかようであったのか。太古の人類が神話に託した問いにたいして、現代のわれわれは科学でもって応えようとしている。
『心と脳の科学』苧阪 直行
脳科学はニューロサイエンスだね。つまりゴリゴリの物質主義で理系。しかし心の問題は「心のハードプレブレム」という哲学の一大分野であって、壮大な難問系の宇宙を構築している。いったい僕の見ている「この空の青」の青っぽさは、あの子の見ている空の「青っぽさ」と、本当に同じ色なのか? 僕らは違う色を見ているのに、おなじ「青」と呼んでいるだけじゃないのか? もしかしたらあの子には空は「赤く」見えていて、それをあの子は生まれたときから「青」と呼んでいるだけじゃないのか? 本当はあの子の見ている世界は「なに色」なのか? そんな問題系。ニューロサイエンスをいかに「心のハードプレブレム」に接続するか、と、長いこと賢い人たちは議論し続けている。キミもこの答えのない問題系に裸で飛び込め!
『進化とはなんだろうか』長谷川 眞理子
われわれの暮らす日本社会は進化論を「真理だろうよ」と受け入れている人間の割合が先進国の中でもズバ抜けて高い。進化論はキリスト教やイスラム教の世界観とバッティングしてしまうために、世界には進化論を信じていない人も多いのだ。「だって人間は神が作ったんだよ? サルから進化するわけないじゃん?」。いやいや、進化を安易に「下等なサルから高等なホモサピエンスにレベルアップしたこと」なんて捉えたらそれはただの差別史観だからね? ピカチューがライチューにレベルアップするのは進化じゃねーんだよ。進化論というパラダイムをきちん知らずに現代の世界を理解することはできないよ。
『世界の国 一位と最下位』眞 淳平
地理からはこの本。たとえば国土、人口、税金、軍事力、などの切り口でもって一位の国と最下位の国を紹介していく。世界のおおよその姿が掴める仕組みになっている。ふつうに社会の入試にそのまま役立つ。
『日本の文化』村井 康彦
あんまりおもしろくなかったけど入れていおいた。入試の国語においては「日本人論」やら「日本文化論」やらは地位の確定した人気ジャンルであって、定期的にそういった内容の文章が出題される。たいていは日本と西欧とを比較して、「こんなに西欧と違うから、だから日本は特殊だね、わーい」みたいな内容が多い。世界には西欧と日本のほかにも、インド世界の南アジア、中国の率いる東アジア、インディオと白人の緊張がそのまま社会である南アメリカ、西欧にぜったいに従わないロシア圏、同じく西欧に絶対に従おうとしない中東のイスラム圏、そしてアフリカ諸国、といった様々な文化圏があるのだ。しかし日本のインテリは必ず西欧と日本とだけを比較して、そして日本がユニークだと言い張る。なぜ西欧とだけ比較するのか? 昔の人の白人コンプももちろんあるけど、それ以上に、「西欧こそが近代の発祥だから」だよ。この「ノリ」に慣れておけば高校入試なんて余裕だね。
『ストリートチルドレン—メキシコシティの路上に生きる』工藤 律子
ルポタージュもの。ルポとか民族氏とかフィールドワークの報告とか、そういう活字って楽しいよ。この本を読んで「メキシコって貧困国なんだ」って思うのは早計。メキシコは21世紀にはメチャクチャ伸びるだろうと予想されてるね。ただ、そうした経済予想ってあまりあてにならないのだけど。
『自分の顔が好きですか?』山口 真美
最近の岩波ジュニアやちくまプリマ―は露骨に「中高生の女子」に媚び始めた。どうにかしてガールズを読者に取り込みたいのだ。その象徴のような一冊。ほかにも十代の恋愛事情だとか、十代のセックス事情だとか、十代における彼氏とのDV事情(!?)だとかについてまとめたティーンズ向けの本もあるね。私は自分がホモサピエンスのオスであり、かつオッサンだ、という限界を抱えているので中学生女子の見ている世界は分からないのだけど、しかし「顔」って女の子にとっては重大な事件なんだと思う。だって中学生女子ってマジでずっと顔の話してるもんね。
番外編
『中学生になったら』宮下 聡
内容はふつうの「人生相談」みたいな本。あんまりおもしろくはなかった。じゃあなんで番外に選んだのか? それは「表紙の絵師がスカイエマだったから」だ。いい絵を描くよね。
文責 ふじい
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