高校生のための11冊
Q
入試の現国って、つまるところ何の勉強なんスか? なんかよく分かんないんスけど。
A
入試の現国はつまるところ「現代思想を水で薄めて口当たり良くした文章を読む勉強」なんだよ
Q
現代思想? なんスかそれ? 哲学? みたいな?
A
哲学はまったく違う分野だから気を付けて! 大学入試に哲学は出ないよ。
Q
じゃあ現代思想ってなんスか?
A
現代思想とは「言語でもって近代を内側から食い破ろうとする営み」だよ。
または「言語でもって近代を可視化する営み」だね。
Q
また新たなワードをぶっこんでくる。近代ってなんスか?
A
近代とは「我々があたりまえだと信仰しているこの社会システムおよび価値観」だよ。具体的医は個人主義、合理主義、科学主義、民主主義、西欧中心主義、そして資本主義。西欧で生まれて世界中に広がった文明だね。
Q
よくわかんないんスけど。
A
たとえば「個人主義」でいうと、キミは自分の職業や自分の結婚相手を自分で選んでいいと「信仰」しているんだろ? 自分の人生の決定権の最終的なよりどころは「自分の意志」にあると信じて疑ったことがないのだろ?
Q
信仰っていうか。それはただの事実っスよね。憲法で保障されてるし。
A
神を信じている人だって、キミは神を信仰しているんだろ?と人から尋ねられたら、「神はただの事実だろ、聖書にそう書いてあるじゃないか」と答えるぜ。
Q
ん?
A
ここの「キモ」がわかれば入試現国はへなちょこだよ。簡単な本で、ページが薄く、かつ評価の定まった古い本を選んだから、高校生なら上から順番に読んで行け! 図書館に必ずあるし、アマゾンでも一円くらいで売ってるはずだよ。
『ことばと文化』鈴木孝夫 岩波新書
『コンプレックス』河合隼雄 岩波新書
『文化人類学の世界』C・クラックホーン 講談社現代新書
『翔太と猫のインサイトの夏休み』永井均 ちくま文庫
『はじめての構造主義』橋爪大三郎 講談社現代新書
『新しい科学論』村上陽一郎 講談社ブルーバックス
『グローバリゼーションとはなにか』伊予谷登士翁 平凡社新書
『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』梅森 直之 光文社新書
『世界システム論講義』川北稔 ちくま学芸文庫
『科挙』宮崎一定 中公文庫
『お姫様とジェンダー』若菜みどり ちくま新書
寸評
『ことばと文化』 鈴木孝夫 岩波新書
現代思想はその問題意識をマルクスとニーチェから受け継いでいるのだけど、しかしその方法論においては強烈に言語論に頼っているんだよ。だから高校生であるキミらは何よりも最初に言語論について洗礼を受けなければならないのだった。現代思想はさまざまな現象に対して言語論的にアプローチしがちなのだ。もちろん様々な現象に対して進化論の視点からアプローチしてもいいはずだし、市場分析の視点からアプローチしてもいいはずだし、統計学の視点からアプローチしてもいいはずなのに、しかし、なぜか、現代思想は対象を前にしたときに、だいたい言語論の視点からアプローチするのが「お約束」なのだ。だからキミも慣れろ。最初の一冊は「ことばと文化」だ。読め!
『コンプレックス』河合隼雄 岩波新書
二冊目は精神分析系からユング心理学。日本においては「ユング心理学」というのは実際には「河合心理学」のことであったりする。精神分析の創始者のフロイトおじいちゃんは神経症の人々を主に観察しながら自分の理論を構築したのだけれど、しかし弟子のユングおじいちゃんは統合失調症の人々を観察しながら自分の理論を練り上げたのだった。簡単に言うと神経症というのはストレスで参っている状態で、脳みそという内臓それ自体は壊れていない、だから普通の人がストレスにさらされすぎれば神経症になるし、ストレッサーが取り除かれれば神経症は治る(ことになっている)。しかし統合失調症においては脳みそという内臓が(先天的に)壊れていて機能不全を起こしている、だから現代医療では治らない。観察していた患者の種類の違いでもって、ユングの方が「宗教的イメージ」だとか「神話」だとか「夢」だとか「錬金術」だとか、ホモサピエンスの本能的な部分に触れようとする考察が多い。
『文化人類学の世界』C・クラックホーン 講談社現代新書
かつて文化人類学という学問が人気だったころがあったのだった。いまでは見る影もないけれど。高校生にこの本で体得していただきたいのは「文化相対主義」という考え方だよ。「住んでる場所が変われば価値観も変わるよね」みたいなことをもうちょい理屈っぽく洗練した感じ。入試の現国のすべての基礎になる考え方だから慣れておいてね。
『翔太と猫のインサイトの夏休み』永井均 ちくま文庫
永井さんは哲学者。それも形而上学やら存在論やらをやっているからゴリゴリに「純粋な」哲学者だね。そのうえ「私」とか独我論めいたことを言っているのだから、西田幾多郎→大森正蔵→永井均と通ずる日本語におけるお家芸のような独我論っぽい(=私小説の美意識をつきつめたような)哲学の系譜の後継者なのだ。あれ?入試現代文に哲学は出ないのじゃなかったの? その通り。入試現代文には哲学は出ない。この本でもって高校生のキミらに理解していただきたいことは、「こういう純粋すぎる哲学は入試には出ないのだ」という感覚だよ。
『はじめての構造主義』橋爪大三郎 講談社現代新書
今回紹介した11冊の中ではこの本がもっとも重要。現代思想の総帥とでもいうべき「構造主義」を手際よくまとめている。構造主義の勘所がわかれば、その後も現代思想の文章はスルスル読める。橋爪大三郎は天才。もし11冊も読めないよぉー、名探偵コナンですら文字が多いのに―、だとか言う高校生がいるのなら、この一冊だけでも読んでおけ! ただ、そんな人は大学に行かないで働いた方がいいと思うけど。
『新しい科学論』村上陽一郎 講談社ブルーバックス
科学は本当に真理なのか? 科学の営みとはルールに則った言語ゲームでなないのか? という問題提起は人文系ではありがち。ポイントは科学者の行う「仮説 → 実験や観察 → 証明」という科学の営為を、思想系の人たちは強引に「言語のゲームじゃないのか?」と話をすり替えちゃうところ。ほらね、言語の問題に持ち込んだでしょ? 高校生はこの勘所を体得し、かつ「パラダイム」という概念を覚えたい。
『グローバリゼーションとは何か』伊予谷登士翁 平凡社新書
グローバリゼーションは絶対に理解したい。世界中の市場が実物経済による流通で結びつくというよりは、むしろ仮想の金融でむすびついてしまう、というグローバリゼーションの話題はひところ入試現代文において覇権であった。しかし人工知能の話題がホットになるにつれてグローバリゼーションを直接的にあつかった文章は減ってきた。それでもグローバリゼーションは「知っていて当然の古典的な教養」というポジションになっただけであって、高校生が知らなくていいことにはならない。
『ベネディクト・アンダーソン グローバリゼーションを語る』梅森 直之 光文社新書
ベネディクト・アンダーソンは「創造の共同体」でナショナリズムを論じた人だね。グローバリゼーションを語る、という題名になっているが経済についてはあまり言及されない。どちらかというとナショナリズムや人種差別の話題が中心。高校生が最低限に理解しておきたい点は、「資本主義における金融の肥大化 → グローバリゼーション → 世界中で産業構造の変化 → 先進国における中産階級のメルトダウン、および、移民の流入の増大 → 経済格差の不満が広がる → 人々はその不満を人種差別で発散しようとする → かつてファシズムが台頭したのと同じような背景でもってナショナリズムや宗教原理主義が台頭 → トランプ政権や安倍政権そしてヨーロッパの極右政党のようなポピュリズムが支持を集める」という流れだよ。
『世界システム論講義』川北稔 ちくま学芸文庫
受験で歴史を選んでいる高校生のぶちあたる困難として、「国立大学の二次の記述試験って高校の教科書とノリが違くね?」というものがある。その通り。高校の歴史の授業と、国立大学の二次の記述試験とでは、歴史のノリが違うのだ。では「ノリ」とは何か? 高校の教科書は「権力者と戦争」が著述の中心であり、かつ「世界史とは言うけれど結局は一国史の寄せ集め」なのだ。つまり歴史って権力者が戦争することでしょ? そんでイギリス史とフランス史とドイツ史を足し合わせてシグマすると世界史になるんでしょ? というノリなのだ。経済史や文化史は横にうっちゃっておかれるし、地域全体をマクロに論じるような操作概念も登場しない。しかし現代の歴史の問題意識は「経済を中心において、一国史の寄せ集めを超克し、世界を丸ごと全体でとらえるような方法論の模索」なのだ、その最有力候補がウォーラーシュテインの「世界システム論」だよ。高校生もつかまえておけ!
『科挙』宮崎一定 中公文庫
そうは言うけれど歴史って本当に経済だけなんですかね? われわれが最初に歴史に興味を持つきっかけって「歴史のロマン」じゃないのかな? ロマンってたいてい文化史だよね。「科挙」は偉大な本。中国の民衆の精神世界を「科挙」という切り口から明快に抉り出すことに成功している。
『お姫様とジェンダー』若菜みどり ちくま新書
最後の一冊。ポストコロニアルにするかジェンダーにするかで迷ったけれど、ジェンダーの本にした。日本におけるポストコロニアル問題( =植民地後の問題)とは中国や韓国との間の戦後処理の失敗、そして現在まで続く外交の失敗に端的に現れているのだけど、なぜだか入試現代文では日本の植民地政策のヘタクソさを分析する文章はほとんど扱われない。一方でジェンダーは「女性差別はよくない」みたいな合意を簡単に得やすい領域なので、わりと安心して入試現代文に採用される。高校生のキミらがここまでで学んできた現代思想の手法を「女性が抑圧されている現代社会のシステム」の分析にそのまま応用すれば、それがジェンダー論だよ。つまり「近代の発展とともに歴史的に構築されてきた女性差別の仕組みを、言語論の手法でもって暴きだして可視化する」というのがスタンダードなジェンダー論だね。
このへんはよく扱われるテーマだから事前に議論の全体像を知っておくと有利だよ。ああ、あの話題ね、はいはい、もう見飽きましたよ、という状態になれば文章の理解も速くなるね。国語の入試だけでなくて英語の入試でもその威力を体感できる。英語でよく起こる現象として「単語も分かるし、構文も分かるし、SVOも分解できたけど、だけど、ナニが書いてあるのか分からない、なぜって世界経済の教養がなかったから」という高校生あるあるが存在するね、現国の背景知識をつけておけば英語の文章もスルスル読めるようになるよ!
文責 ふじい
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